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    信 頼

 「今年もまた暑い夏がやってきた!」 そんな言葉をいつまで言い続けることが出来るのだろうか?と“ふっと”最近、疑心暗鬼になります。3.11以降というと誤解を招くかも知れませんが、今の世の中いつ何時、何が起こるか判らない、否、何が起こっても不思議ではない、そんな時代の中に、私たちは生きているような気がします。

 身近な大きい問題の一つである経済不況。“不況、不況”と言われ続けて早20年が経つも、いまだに回復するどころか、ますます水面下へと下降し続けています。隣国中国だけが勝ち組で他は負け組と言われていますが、いつまで続くのか、否、すでに中国も“終わっているよ”と言う噂もあります。

 一方、母なる大地に目を向けるとき、地球の異変予報が気になる昨今であります。想定外の竜巻被害と竜巻予報、世界遺産に登録を準備する富士山が、想定される大震災に連動し大爆発を起こすとの予期、オーロラによる異常現象発生の予期など、いつの世も人は、何かの恐れと不安を抱えながら生かされているのでしょうか。

 慈愛深い神、人類の救い主であると教えられても、いつまで神は沈黙を守っているのでしょうか。なぜか形容詞だけがレッテル言葉のように思わされます。

 そんな疑い深い人類の為に神は、ご自身の愛の証を御一人子イエスに託されました。イエスの無償の愛、無限の愛、すべてを赦す愛は、私たち一人ひとりに授けられました。御父から聖霊によって送られ、イエスご自身のすべてを私たちのために捧げてくれました。私たち一人ひとりとパーソナルな関わりを結ぶために、無限の愛で証してくれました。その愛、その愛に対する信頼が、今問われているのではないでしょうか。その愛が、何処へ行ってしまったのかと疑うよりも、その愛を“いつ忘れてしまったのか”、と気づく時ではないのだろうか。

 「あなた方がキリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどのものであるかを理解し、人の知恵を遥かに超えたこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてに与り、それによって満たされますように」(エフェソ3:18-19)。

 この言葉を理解するために、パウロは“愛”について話します。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。・・・・自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅ばない」(コリント13:4-8)と。先ず、嘆くことより今こそ“神の愛”をしっかりと心に刻む時なのでしょう。

 第2バチカン公会議開催から50年目を迎えた今年、ローマ教皇は“信仰年”と定められました。また我が国にとっては、日本26聖人列聖150周年を迎え、さらにNICE Iから25年目を迎える記念の年でもあります。この記念すべき年、戴いた信仰の喜びを共に分かち合い、神への信頼を深め、地の塩、世の光となれますように。アーメン

主任司祭  松村信也

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