本書はロマーノ・グアルディーニ『ドストエフスキーの作品における宗教的人物―信仰の研究―』の翻訳である。著者グアルディーニ(1885−1968)は、イタリアのヴェローナに生まれ、後にドイツに移住した。1905年フライブルク大学でカトリックの神学の研究に従事し、1910年にカトリックの司祭の叙階を受けた。わが国では宗教哲学者として、特に『パスカル』『ソクラテス』などの著作を通してその名を
知る人は多い。
　
　本書はドストエフスキーの『罪と罰』(1866)、『白痴』(1868)、『悪霊』（1871）、『未成年』(1875)、
『カラマーゾフの兄弟』(1880)の５作品の研究です。本書の特徴はドストエフスキーの語りをよく聞くことにあり、そのために作品から豊富に引用がなされています。よく聞くこと、このことによって聞く者の思索は自ずから展開し、形成されていきます。したがって、本書の場合はドストエフスキーその人の研究というよりも、むしろドストエフスキーが創造した人物たち、それも神の眼差しの元で生きる人物たちとの出会いの場が準備されます。読書は読み進むうちに、自ずから作中人物が実在する人物であるかのように、いつしか作品の世界を現実の世界として著者とともに経験することになります。
それは魂の経験です。著者はこれを「ドストエフスキーとの対話」と言っています。
数多いドストエフスキー論の中でも本書は得がたい研究だと思われます。 （小松原　千里）