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「かいば桶」から「十字架」へ

 12月に入って楽しいクリスマスが近づいておりますが、私たち信者にとって「待降節」は大切な準備の期間です。街の方では派手な飾りが出ているし、デパートではクリスマスセールたけなわです。また広告を見ると、レストランのクリスマスディナーなどのPRがよく見られます。しかしイエズス様の誕生日はどこに出ているのでしょう。やはり教会だけです。だから私たちは世間の動きに引っ張られることなく、待降節の間「救い主」の誕生について考えられるのです。
 
  御父は御独り子をお遣わしになって、人類の救いを望んでいらっしゃいました。赤ん坊の誕生はどんな場合でも、周りの人たちにとって大きな喜びです。しかし同時に大きな変化が起こります。両親だけではなくて、兄弟、親戚などが生まれた子供をどういう風に守るかについて考えると思うのです。必ず子供の誕生に答えが要求されています。無関心な態度を取ることは出来ません。だから私たちは同じように、救い主の誕生をお祝いして、どういう風に応えるかを考えるはずです。
クリスマスは毎年のお祝いですが、神の御独り子の誕生に応えるのは絶え間ない要求です。子供が生まれてくる時、この子の将来はどうなるのか、周りの人たちは考えていきます。勿論、大きな期待を持って、この子が元気で成長するよう祈ります。

 私たちは生まれてきた「救い主」の生涯をもう知っています。貧しい馬小屋の中で生まれ、かいば桶の中で寝かされた姿でこの世にお生まれになりました。この世を去られる時は、十字架の木につけられ、人類の救いの為にご自分の命を捧げられました。もしイエズス様の誕生をよく理解しているならば、より寛大に与えられた救いの印に応えるように努力しているはずです。クリスマスの精神は、御父が御子を与えられたように、私たちも自分の周りの人に与えるように努力しているはずです
 飾りもの、プレゼント、お祝いの食事などとても良いことですが、私たちはイエズス様の生涯の意義をよく心の中に留めて、世間的なクリスマスの祝い方ではなくて、信仰にかなったお祝いすることが大切なことだと思います。両親は子供たちに贅沢なプレゼントを与えることよりも、子供と一緒に何かを人の為にすれば良いと思います。つまり子供にプレゼントを与えても、自分を与えることの大切さを、模範を示して、教えてあげて下さい。例えば、独り暮らしの年寄りに簡単なプレゼントをあげることなどです。

 待降節で一番大切なことは、イエズス様の心にかなう成長を目指すことです。待降節の典礼は、よくイエズス様の誕生の神秘を描いています。特に毎日時間を割いて、聖書のマタイとルカのイエズス様の箇所をよく読み、黙想することをお勧めします。ご降誕祭の日まで待つのではなく、今から準備しておかなければなりません。

 それでは皆さん、待降節の間にこの救い主の偉大な誕生の神秘を心の中により深く味わうようにしましょう。
 木で作られた「かいば桶」から「十字架の木」まで救い主は歩かれました。これは人類の本当の幸せのためでした。感謝して、この偉大な神秘を、救い主の生涯を祝いましょう!!
                                             オマリー神父

 

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