私は六甲学院を62才の時、定年退職し、その後老人ホームのチャプレンとして２年半ほど務めていましたが、次のような事情で六甲に帰って参りました。

　老人ホームにＮさんという老人がいました。可哀想に病気で、廊下などで人と顔を合わせると「悪魔」と叫んで、それを注意する人に「死んでやる」とか「人殺し」とか叫んで、他のお年寄りから恐れられていました。Ｎさんは私に対して特に厳しかったようです。私は何回となく叱られました。聞くところによるとＮさんは不幸な生い立ちで、身寄りがなく、結婚はしていない、子供もいない、世話をしてくれる人が誰もいないという状態でした。

　私はＮさんが老人ホームから居なくなるようにと祈りました。しかし何か気が重くなるばかりで良い結果は表れませんでした。ある日祈りを変えてみました。「私の希望ではなく、神様のお望みのようになりますように」と。すると不思議に、次の日、私はシスターから「Ｎさんにとって、誰も世話をしてくれる人がいませんから、死を迎えるまでここで世話をしてあげなければなりません。神父様は帰るところがありますから、身を引いて神戸に引き上げていただけませんか」と言われました。その時、私の心の中に神のみ旨はＮさんが居なくなることではなく、私が去ることが大事なのだと考えが変わってきました。そう決まった後、聞いた話ですが、いく人かのお年寄りはショックを受けたそうです。それは或る人は私に葬儀をしてもらいたかったとか、夜眠れないとか、食事が取れないとか、色々です。

　丁度その頃、私はポリープの手術を受けるため、海星病院に入院する予定になっていました。六甲に帰ったその夜、或る神父のお母さんから電話が入りました。内容は春に行く予定のイスラエル巡礼にチャプレンとしてご一緒できませんか、というものでした。もし私があのまま老人ホームに務めているのなら、この話は受け入れることはできなかったでしょう。しかし今は、引き上げることが決まっていましたので、話はとんとん拍子に決まりました。

　そしてこの巡礼でガイドの河谷龍彦さんと知り合いました。河谷さんを通して、また主任神父の理解もあって、何回か聖地巡礼という経験を得ることになったのでした。エジプト、シナイ半島の旧約の世界、イスラエルのガリラヤ、エルサレム、ベトレヘム等の新約の世界をはじめ、パウロの霊名を頂いていることから、使徒行伝に書かれているトルコ、ギリシヤ、マルタ、ローマ等へ。イエズス会会員であることから、フランシスコ・ザビエルの故郷ハビエル、イグナチオ・ロヨラの生誕地ロヨラ、世界的な巡礼地サンチャゴ・デ・コンポステラ等に連れて行って頂くことができました。

　このような次第で本当に感謝々の巡礼旅行を経験させて頂くことができました。これこそ偶然ではなく、神の摂理と言えるものではないでしょうか。河谷さん、またご一緒した皆さん、本当にありがとうございました。　

安芸瑛一 神父