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神様 ありがとう!

 天高く馬肥ゆる秋、灯火親しむ候を迎えました。日々読書にいそしんでいる方、鰯雲を見上げては故人を偲んでいる方、名月に一献傾け人生を振り返っている方もおられることでしょう。♪ 秋を愛する人は 心深き人・・♪ 秋は信仰を深める時だと思います。子供たちにとっては、夏の日の思い出や体験が生きてくる時ではないでしょうか。

 この夏、教会学校の小学生61名とリーダー・食事班の総勢88名は平和をテーマに姫路仁豊野で3泊4日、“みんなでキャンプ みんなのキャンプ”を楽しみました。テーマ曲“地球家族”が体に染みつくほど、何度も何度も大きな声で歌いました。♪ こころ開き分かち合えば 広い空が微笑んでる ・・♪ 神様の愛感じられる ・・ ぼくらは家族 地球家族 ひとり一人 愛されている ♪ 猛暑の中、熱中症や水難もなく終えられたことは神に感謝です。

 中高生会のキャンプは学生・リーダー総勢30名が奈良県宇陀市の山中で3泊4日、感謝をテーマに大自然の中で生活しました。ドイツ人宣教師が建てた、生きることを学ぶ学校と名付けられた山小屋でした。発電機を動かし小川の水を蒸留し、テレビも電話もない場所で共に生きていることの有り難さを少しは感じ取ってくれたようです。友だちになってくれてありがとう、きれいな水や流しソーメンありがとう、トンボさん指に止まってくれてありがとう・・。都会っ子にとって、自然の中で人とつながり神様とつながって生きる感覚を味わうチャンスだったと思います。私は子供の素直な心とリーダーの奉仕の精神に多くを学び、“老いては子に従え”という想いを感じました(まだ早い?)。

  しかし、いつの日か人間社会は彼等の責任下に置かれるのです。そして、将来の教会とその使命を担ってくれるのも彼等なのです。或る青年のリーダーは、今ここに共に生きていること自体、決して当たり前のことではなく、有り難いこと(容易なことではない)ですねと言って、信仰の根本を伝えてくれました。実際、一人一人のいのちは当然有ったものではなく、いわば偶然のようにいただいたものです。私のいのちは、自分で工夫し計画して造ったものではありません。いつ頃どの国に生まれて来ようとか、裕福な両親のもとに生まれて来ようとか・・、自分の望みで操作出来たものでもありません。全く私の両親の愛によるものであり、手塩にかけて育ててもらった命です。この両親があり、この祖父母があり、この曾祖父母があり・・と連綿と続く出会いの果てに、私は有る。不思議ですね。もし長い長い歴史の中で、たった二人の出会いが食い違っていたら、私は無かったのです。本当にかけがえのない命です。全てをつかさどる神様の大きな愛、その計らいは神秘であり、人間のちっぽけな智恵をはるかに超えているのです。私たちに出来るのは、神様に感謝と賛美を捧げることであり、いただいた命を神様が喜ばれるように燃焼させることではないでしょうか。

 キャンプの間に、小学生と中学生の娘を残して若い父親が出張先の外地で病死されました。この知らせは魂が砕かれる程の哀しい現実ではありますが、私たちは無念の死を捧げられた方のご冥福を祈り、二人の娘たちが母親と協力して強く生きてくれるようにと切に願いました。この父親は天国から必ずやご家族を守って下さると信じています。「私たちの中には、誰一人自分のために生きる人はなく、誰一人自分のために死ぬ人もいません。生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです」(ローマ14章)。
                                               桜井神父

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